最高裁判所第一小法廷 昭和29年(あ)1545号 判決 1954年12月23日
主文
本件上告を棄却する。
理由
東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意について。
公益事業令は、これをいわゆる限時法的性質を有する刑罰法令ということはできない。この点に関する原判決の判断は正当であり、所論第一点引用の判例はいずれも本件に適切でない。又所論第二点引用の判例はいずれもいわゆる限時法的性質を有する刑罰法令に関するものであるから、これ亦本件に適切でない。のみならず電気事業法は、昭和二五年政令三四三号公益事業令附則二項により廃止されたが、同令附則二一項は、「この政令の施行前にした行為に対する罰則の適用については、第二項及び前項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と規定していたので、右電気事業法施行当時同法に違反した行為はなお従前どおり処罰されていたのであるが、右公益事業令は、昭和二七年法律八一号により、同法施行の日たる昭和二七年四月二八日から起算して一八〇日を経過した、同年一〇月二五日以降はその効力を失ったものと解すべく、従って、本件公訴事実中、電気事業法違反の点は犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当ると解すべきこと当裁判所大法廷判例(昭和二六年(れ)第一五一五号同二九年一一月一〇日言渡大法廷判決)とするところである。さればこれと同趣旨に出でた原判決は正当であって、論旨はいずれも採用できない。
よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
この裁判は裁判官斎藤悠輔を除きその余の裁判官の一致した意見によるものである。
裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。
本件公訴事実の要旨は、被告人が他の者と共謀の上昭和二五年四月二三日正午過頃電気事業者の承諾を得ないで電気工作物の施設を変更し電気事業法三八条に違反した上約五分に亘り電気を窃取しその間重大な過失に因り篠宮正雄を感電死させたというのである。
されば、本件上告にかかる右公訴事実中の電気事業法違反の点については、右犯行後制定された昭和二五年一一月二四日政令三四三号公益事業令の附則二一項により依然として従前の電気事業法三八条を適用すべきであって(それ故、本件の件名も依然として電気事業法違反となっている。)、右公益事業令を適用すべきでないこと、従って、公益事業令が失効したとしても本件に影響を及ぼさないこと、竝びに、公益事業令が昭和二七年一〇月二四日限り一時失効したことになったのは、議会の手落ちで一時失効したことになったというだけで、その後同年一二月二七日法律三四一号により新らたに法律が制定施行されるまでの間罰則をも含め全面的に法律としてそのままその効力を維持し、従って、何等「犯罪後の法令により刑が廃止された」事実がないことは、すべて、昭和二六年(れ)一五一五号昭和二九年一一月一〇日大法廷判決中のわたくしの反対意見のとおりである。それ故、原判決は、本件のような公益事業令施行前にした行為につき廃止されていない電気事業法を適用しない違法があるばかりでなく(原判決は、「その処罰法条である新令附則二一項、旧法三八条が、新令の昭和二七年一〇月二四日の経過による失効に伴い廃止された結果となる」旨説明している。しかし、右附則二一項は、法文上カッコでわざわざことわってあるとおり罰則の経過規定であって、新令たる公益事業令の内容をなすものではない。従って、新令が失効しても、右附則二一項が廃止される結果となる道理がない。原判決の解するごとくんば、附則二項も公益事業令の失効と同時に廃止される結果となり電気事業法は再び復活するであろう。)、刑法六条の解釈適用を誤り(原判決のごとく刑法六条を類推適用するならば、被告人を無罪とすべく、免訴すべきではない。その詳細は、判例集七巻一二号二五〇三頁以下参照。)、且つ、刑訴三三七条二号の解釈適用を誤った違法があって(原判決並びに上告趣意は、公益事業令がいわゆる限時法であるか否かについて論じている。しかし、ある法規が限時法であるか否かは、刑訴三三七条二号の「犯罪後の法令により刑が廃止された」か否かとは、直接の関係がなく、ただある法規そのものが廃止又は失効したときは、同時に既成の刑罰権をも暗黙に放棄したと推定されるか否かの問題となるに過ぎないのである。その詳細は、判例集七巻七号一五八〇頁以下参照。)、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと考える。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)